シン・トー

読書とか、日常の中で感じたこととか、空想とか

世界一長い題名その名は真実

言葉で考えるか、考えを言葉にするか

僕は人が言葉を重要視し過ぎているところを見たとき
信用できないな…と思う

アキレスと亀という、有名な話がある
アキレスという人と亀が、同じ方向を向いて走っている
アキレスは亀より後方から追いかける形になっている
もちろんアキレスは亀よりも早い
しかし、アキレスは亀には追いつけない
なぜなら、今、亀がいる場所にアキレスがたどり着いたとき、それよりも亀は進んだ地点へと進んでいる
その亀が進んだ地点へとアキレスがたどり着いたとき、それよりも亀は進んだ地点へと進んでいる
その亀が進んだ地点へとアキレスがたどり着いたとき、それよりも亀は進んだ地点へと進んでいる
これが永遠と繰り返されるため、アキレスは亀に追いつけない

この話は、アキレスと亀がずっと同じ速度で進んでいたとしたら、どんどん切り取る時間を短くして語っている
または切り取る時間が同じだとしたら、アキレスの走る速度はどんどん亀の速度に近づいていっている
どちらにせよ、言葉で発想してしまっているせいで、真実を捻じ曲げている
しかし、筋は通っているように聞こえてしまう
こういうことは、仕事においてもよく起こるし、しんどいなと思う
自分自身そいった議論をしてしまっていることもあるかもしれない
しかし、ここではそういうことを言いたいのではなく
僕が文章を書くときに、言葉で考えるのではなく、
頭の中や、感覚に立ち現れたことを表現したいな〜と思う
表現されたものは、解釈する段階で、受け取り方を強制するわけではないから、
結果は同じかもしれないが、僕は大切なのはそうするという意志であると考える

言葉遊び

しかし、上記に当てはまらないものを行うこともあり、
それを僕は言葉遊びと呼ぶ

真実に見える言葉は

オリジナルなきコピー

若いからとかどうだとか

くそったれ!
ふざけんな!

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