シン・トー

読書とか、日常の中で感じたこととか、空想とか

インプットについて

響く言葉

響く言葉…
どんな言葉が、自分に響いてきたかを考えた時に、
その時におかれている状況や心情によって、変わると思う。
言葉、というのは、ただ言葉の意味が理解出来たという時と、
言葉から、立体的に、色々なものが浮かんでくることもある。
時には、過去の出来事や匂いや、関連する事など、
本当に様々…爆発するように浮かんでくることもある。

幸せであることが大切…と言われたときに、
そんなのあたりまえじゃん!や、
個人の幸せだけ追求すると危ないよ!とか、
色々な反応が、考えられますが、
例えば、自分が、自分探しや人間関係に悩んだ後、
色々あって、考えた結果、聞くと、
その通りだ!と思う。
それは、自分の事とリンクさせてその言葉を理解することが出来たから。

昔、ある人から言われた。
色々、考えたいと思っているのであれば、まず自らに引き付けて、
物事を考えないと、いけないよ。
そのある人は、自殺対策で有名な方で、
自殺について、学生の時にインタビューをしに行かせてもらったのだが、
その後、自らと自殺というテーマで、みんなで語り合い、
話し合いは、みんな感情的になり大変だったけど、
凄く遠いように思えた、自殺というテーマが、
しっかりと考えないといけない、大切なテーマへと変わった。

自殺…という単語…。
少子化問題とか、殺人、様々な事件や、ニュースで取り上げられる単語の中に埋没した単なる一つのテーマから、
心に響いてくる、印象的な単語へと変わった。

アランの『幸福論』という本がある。
初めて読んだとき、涙が出るくらい感動した。
それは、大学生の時、サークルでの人間関係に悩んで、悩んで、
しばらくアパートから出れなくなったり、哲学書を読んだりして、
悩み切った後、読んだから、
そこに、自分が悩んだ末発見したことが、すでに書いてある!と思った。
だから、今読んでも、同じだけの感動はないけれども、
今でも、自分にとって大切なことが書いてある大事な本です。
多分、悩む前に読んでいたら、ほとんど何も感じなかったと思う。

先日、研修の中で、ミッションステートメントを立てるという事をした。
ミッションステートメントとは、人生における理念みたいなものですが、
その中に、“常に学ぶ”という事を入れた。
説明文として、ブラックホールのようにすべてを吸収する…と書いた。僕の意気込みである。
吸収する事、学ぶことも、上記のような受け取り方の問題で、
1から、0.5しか学ばない事もあるし、100学べることもあるかもしれない。
感性や思考、感覚を前回にして、全力で学びたいと思っている。

インプットが足りない

インプットが足りない
インプットが足りない
でも
記憶力がない
感性には少し自信がある
だから
掴み取ったものは
直ちに外部記憶装置へと
記録せよ

ミッションステートメントを作る上で参考にしたもの

“生徒諸君に寄せる”の、

新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ

新たな時代のマルクス
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴しく美しい構成に変へよ

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

宮沢賢治の、衝動、感覚、感性が、ヒリヒリと伝わってくる文章だと、僕は感じる。
最近、何度も読んでいる。
何かしないといけない!という衝動を、何度読んでも分け与えてくれる。
言葉の力を信じたい!と心から思うけど、
僕にとって、言葉の力…という、言葉の響きと等価と思えるほどの作家は、
今の所、宮沢賢治以外いないと思う。

映画のパンフレット

シン・ゴジラを見た

あまりにも、シン・ゴジラについての記事をネットで見るので、
見ないとまずいかな…という感じがあったのと、
今日、実は、石鎚山に登ろうと考えていたけど、台風が来てるので、
やることないなら、映画でも見にいこう…と思ったからです。
エヴァンゲリオンの監督である庵野秀明が監督しているということで、
すごく、期待して行ったのだけど、
僕は、冒頭、漂流しているプレジャーボートが出てきて、
中には、人はおらず、折り紙と、本が置いてあって、
その本が、宮沢賢治の『春と修羅』であったのを見て、
大きく胸を打たれるとともに、どういう意味があるのだろう…と、
引き込まれた。
エヴァンゲリオンを見た人であれば、テンションが上がる映画だと思うけど、
それだけが魅力ではない。
決して子供向けではない、日本人すべてに向けた、前へ進むための福音のような作品。
ゴジラが火炎(というかビーム)を吐くシーンはカッコいいし、
今までのゴジラよりも、ゴジラが、気持ち悪く得体の知れないものとして演出されている。
そして、時にはギャグのように見える(僕には)。
政府の会議のリアルさは、今の日本政府の状況をよく表現されてるとともに、
あまりにもスピーディーに展開するので、見ていて飽きない。

パンフレット

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生まれて初めて、映画見てからパンフレット買った!

コトバ

宮沢賢治のコトバ

文学の凄さを僕は感じることができない
文学的であるとか、国語の試験とか、
よくわからない。
でも、表現や描写の凄さ、想像させることの破壊力、というのは感じることがある

宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』クーボー大博士が講義しているところ

 ブドリはそれを一目見ると、ああこれは先生の本に書いてあった歴史の歴史ということの模型だなと思いました。先生は笑いながら、一つのとってを廻しました。模型はがちっとなって奇体な船のような形になりました。またがちっととってを廻すと、模型は今度は大きなむかでのような形に変わりました。

どうなっているの?
これは文章の醍醐味です。映像で表現するときっと陳腐になる。
宮沢賢治は“にゃあとした顔”とか、立川談志のいう“言葉のイリュージョン”を感じることができた。

宮沢賢治の童話の中で、一番訳がわからないけれども、素晴らしい作品『やまなし』
クラムボンという不思議な何かわからないものが出てくる話ですが、

小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。

ではじまり、

私の幻燈はこれでおしまいであります。

この文章で、一気に違う世界に僕を連れて行ってくれて、引き戻してくれました。

村上春樹について

大学1年生の時に初めて、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んで、村上春樹を好きになった。
それから、必死で、村上春樹作品を読みあさった。
本を読む習慣というのは、それまで、僕にはほとんどなかったけど、
本を読む楽しさを教えてくれたのは、村上春樹作品でした。
はじめに、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだのは、すごく良かったと思います。
なんだこの作品は!こんな面白いことが小説でできるのか…と感動しました。
簡単に言ってしまうと、
世界の終りというファンタジーの世界と、ハードボイルド・ワンダーランドというSFの世界が同時進行する。
はじめ、全く関係なく思われた2つの世界が、少しずつ繋がっていくという、
すごい設定の作品で、衝撃的な面白さを感じました。
長編小説はすべて面白いですが、
やはりこの、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と、
ねじまき鳥クロニクル』が特に僕は好きな作品です。
世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が初期の村上春樹の設定の凄さや分かりやすさの頂点であり、
ねじまき鳥クロニクル』は90年代以降の少しわかりにくく、心の世界に深く踏み込んだ作品群の頂点じゃないかなと思う。
ねじまき鳥クロニクル』は主人公の妻が失踪するところから始まるが、様々なわけのわからない登場人物が出てくるし、
井戸の中に閉じ込められたり、変な儀式をしたり、戦争の頃の痛ましい拷問シーンが出てきたり、
それが何を意味するのか…なんだか良く分からないけど、それを考えることの楽しさを与えてくれ、
なおかつ、作品全体としてのわけわからなさが、なんとなくまとまっていて、
言葉では表現できないけれども、感覚として、理解できるような何かを、与えてくれる作品でした。
村上春樹のジャズな、というべきか……コトバにも惹かれました。

「あなたの中には深い井戸みたいなのが開いているんじゃないかしら。そしてそこに向かって『王様の耳はロバの耳!』って叫ぶと、いろんなことがうまく解消しちゃうんじゃないのかしら」
 僕は彼女の言ったことについて考えてみた。「そうかもしれない」と僕は言った。
出典:村上春樹ねじまき鳥クロニクル

鳥と夢

空中を泳ぐ鳥
車に乗って、速度を出した時、窓から手を出して、風に抗うと、
空気の粘性に気づく
現在の、物理学では、なぜ飛ぶかわからない小さな昆虫がいるらしい
どうやら、この空気の粘性が影響しているようだ
小さければ小さいほど、空気の粘性が影響してくるらしい

水中のおよぎは人間たちに、いかに鳥が空中をとぶかを教える。
水中の泳ぎを述べよ、そうすれば空中の飛びかたがわかるだろう。
出典:『レオナルド・ダ・ビンチの手記(下)』(杉浦明平 訳)

高い粘度の空気の底で
地上で溺れる夢を見た
非常に重い空気の中で
もがいてももがいても
3メートルくらいしか
浮いてこない
ボコボコと、空気の中
吐く泡は何からできる
はるか上空に
500キロメートル上
きらめく気相が見える
その底で僕は
ただ苦しくもがくのみ

子供の時ぼくは
水にたたられているのだと思っていた
ただよく水をこぼすというだけだけど
本気でそう思っていた
最近ではどうやらそそっかしいだけだ
そう思い直した
でも本当に
何か、水難の相があるのではないかと
こぼすたびに、最近も思うことがある

走る目的

最近、仕事が終わった後、走る機会が増えた
ゆっくり30分ほど走る
実はぼくは、長距離を走るのは得意ではない
そんなぼくは出来るだけこの習慣が続くよう
ルートを変えたり工夫していたが
今はポケモンGOのモンスターの卵を孵すよう
走っているおかげで
あまりやっていない割にはレベルが上がった

しかし…

走った日は、体が熱くなって、寝つきが悪い

ランニング

ランニング

30分のランニング
走る、走る、走る
腕を振って走る
もっと腕を振りあげて
腕の重さを振り子にして振り上げ
自分の体重を持ち上げる
65キログラムが腕の力で軽くなる
ヘリウムを詰めたボールように軽くなったこの身体を
足でポンッっと押してやると
ふわっと浮き上がって身体が前に出る
月面を歩くように

走った後
やはり腕にはそうとなトルクがかかっていたらしく
強い疲労感が襲ってきた

月の表面

日本の神道では
月の神様ツクヨミは男性であると言われ
太陽の神様アマテラスは女性である
通常、世界では太陽の神は男性が多いと思われる
日本人は太古の昔から
月の表面がゴツゴツしていることを知っていて
修験道の山である東北山形にある月山はゴツゴツした山肌です
僕は、太古の昔の人々の想像力の凄さを感じる
ただ、月にちなんで名付けただけではなくて
月の表面と時空を超えて山が繋がっていることを
感じていたに違いない

月が追ってくる

子供の時に
走っても走っても
車で移動したとしても
月が追ってくることを不思議に思ったことがあると思う
まじまじと見ると恐ろしい
満月の時は特に
満月でも、不思議に赤い色の月の時はなおさら怖い
この怖さを大人になっても感じる俺大丈夫?って思うことがある

昔、ゲゲゲの鬼太郎で、
再放送の「イースター島奇譚」という話があって
いわゆるトラウマ回と言われるような怖い話ですが
その回で赤い月になった時モアイ像の目を削ると血が流れて
地獄の使者に会い、お金持ちになれるという話で
それを得ようとした男(かなりの悪人)が呪われて死るという話が頭の中に残っていて
思い出して怖くなるのかもしれない
昔の人のイマジネーションは僕のこれとは比べ物にならないほど
強いと思う
昔話も怖いものが意外と多いし
映像がない、語りによって得られるイマジネーションは無限に広がる

イチヂクの香り

走っていると
イチヂクの強い香りが僕を圧倒する
子供の時に、イチヂクの葉が怖かった
その頃は、イチヂクの匂いも気になったが
なぜだか、葉っぱがものすごく怖いと感じた
走っていると
いろいろな花の匂いや
草の匂い
水の匂いが飛び込んでくる
しかし、圧倒的なイチヂクの香り
ドキドキする

少し仕事のこと

ミレーのビスケットが

美味しい!太りそう…

分からないことを分かること

正直さが大事だと思っていた
確かに正直さは大事だ
でも、何を優先順位として持ってくるか
正直さは大切だと思う
嘘はつくべきではない
でも、あえて言わなくていいこともたくさんある
それを分ける行為は、自分は自然に行っていたんだな
それはあえて言うべきことではないでしょ!という事が分からない人もいるのだなー
会社の人と話をしていて気付いた
特に日本人は、コミュニケーションにおいて、割と高度なことを自然に行っている
そして、それが自然にできない人に対して、
何で分からないのか、出来ないのかが分からない
でも、言うべきことと言うべきでないことの線引きは感覚でしかなく
難しいな…と思ったし、
果たして自分が正しい選択をしているのかも、感覚に頼りすぎず
しっかり考えないといけないと思った

幸せであること

それが全て
僕が10年くらい前、悩んで悩んで悩み切って
それで得た結論
幸せであること

これは真理ではなく
僕が、僕を信頼しているからこそ、
幸せであることを追求すれば
自分にとっても
周りにとってもいいことであると結論が出せた

一番難しかったのは
自己嫌悪からの脱却
自分を好きになれたのは
色々自分を否定したあと残った
いろんな意見を受け入れられる自分という存在がいた事

そして、幸せである事が一番大事という考えは
今も変わらない
今日それを会社の人との話の中で使った
どこに幸せを見出すかはその人の中に…

だけどそれは、たった一本のバラや、ほんの少しの水のなかに、あるのかもしれないよね。
出典:サン・テグジュペリ 小説『星の王子さま』(河野万里子 訳)

飲み屋の店長に言われた事

君は
学歴もまあまあ有って
誠実そうに見えて
話し方も柔らかいんだけど…

深く話すとそんな感じなのが(多分、ちょっと話がマニアックに深めすぎ…という事かな?)
ダメなんだよ(マイナスのギャップが良くないんだよ…という事かな?)
と言われた

…まあね…

言葉の力を信じたい

日々のしんどさにかまけて
言葉の大切さを忘れていた
僕は国語が苦手で
だけれども言葉の大切さは
認識しているつもりだった
しかし
色々と忙しさが増す中で
おざなりになってしまっていた
先日、菊池省三先生という
小学校の先生をされていて
問題の多い小学校
学級崩壊したような学級を
次々と立て直していった先生の
講演を聞きに行った
小学生が我々よりもはるかに上手に
言葉を使いこなしている姿を見て
菊池先生が小学生を
圧倒的に信頼している姿を見て
言葉の力を再度信じてみようと思った
言葉は力を持っている
それは、自分が宮沢賢治から感じたことじゃないか!
再度、信じて、前に進もう

どうでもいい話

好きなんです

付き合いたいとか、結婚したいとかじゃななくても、
好きな人はいる。
でも、結局、それらの種類の違いはないと思う。
感情は量しかなくて、種類なんてのはない。
好きとか、嫌いとか、種類というのは本当はない。
マザーテレサは、「好きの反対は、嫌悪ではなくて、無関心だ」とかなんとか言った。
好きも嫌いも、感情の量的には多い、無関心という事はゼロだ。
嫌いという事は、気になっていることには間違いない。
吊り橋効果ってのがある。
吊り橋の上で、男女で、ドキドキしながら渡ると、そのドキドキが、
好きのドキドキと勘違いして、好きになってしまうという…
吊り橋で高いところが怖くて、ドキドキして、感情の量が高まったところで、
それがそっくりそのまま、隣の人への好きという感情に置き換わってしまうという事。
感情を誘導する方法はたくさんあるらしい。
そういうことを知っていて、悪用してはいけないと思う。
いかん、でも、もてたいと思う気持ちと、矛盾している。
もてたいのか、自分の好きな人に好かれたいのか、ありのままの自分を好きになって欲しいのか…
ちゃんと選べ!

酔っ払っている自分が

好き
その時は
後でその時のことを思い出して嫌になる

ベトナムに行ったのが

もう過去の話
早く次の海外へ

テラスハウスを見る

テラスハウスというドラマ及びドキュメンタリーは、
どう背伸びしても、僕が見ないもの…社会勉強として、頑張って見ました
男女、3対3で、知らない者同士が同じ建物に住むというドキュメンタリー
恋愛や下心が丸見えで、そこに面白さを感じるべきなんだろう
正直…めっちゃ面白い!
こんなクソみたいなやつが存在するんだいろんな人がいるんだな…と本気で思った
男女関係ってこんなにドロドロしてるんだ…みたいな

世界は

俺の頭の中
俺が思えば
世界は変わる
まあ、とりあえず、物理法則は変えないでおくわ!

マトリクスっていう映画で、
脳が直接サイバー空間へつながる世界観が示されている。
それとは別にアフォーダンスという考え方があって、
ざっくりと言ってしまうと、
物質自体が情報を発しているという考え方で、
例えば、ドアのノブは、つかんで回せ!と言っている、
また、ボタンは、それ自体が押せ!という情報を発している…というようなイメージ。
つまりマトリックスの世界観と、アフォーダンスでは、考え方がちょうど逆と言える。
情報世界の中に、物理的な感覚や法則がのっているというマトリックス世界と、
物理空間から、情報が発せられているという考え方と…
SF的なものが好きな僕としては、遊びとして、マトリックス的な世界観で考えることがある。

ロードバイク

買った!
というか注文した。
9月上旬到着予定
やったー
好き!